大林宣彦監督を中心にして、左に録音技師・内田さん、助監督・南さん、撮影監督・加藤雄大さん、美術監督・竹内さん、照明技師・西表さん。
 
 
 
2006.11.19
     
 
映画「転校生」のスタッフは総勢約60名。どんなに疲れていても笑顔がたえない。明るい現場である。性別の区別無く、お互いの才能を尊重しあい、生かしきっている感じがある。日程もあと一週間あまり。

 
 
2006.11.20
     
 


長野市の公用車も劇的な変化をした。ボランティアの力を借りてカッティングシートを車体に貼ってある。<カズオとカズミは湖沿いの道で旅芸人一座・吉田義之丞一座に「お二人さん、乗ってかねえか?」と声をかけられる。>吉田義之丞役は宍戸錠さん。[龍のデザインと制作・共同アトリエ&美好広告舎]

 
 
2006.11.21
     
 
朝6時ホテルを出発し7時から戸隠・小鳥が池で撮影開始。さすが戸隠の木々の紅葉はすっかりすんでいて、すでに冬の準備が整っている。大林宣彦監督、撮影・加藤雄大キャメラマンの息はぴったり。スタッフが励まされる。市内上松の昌禅寺は紅葉が美しい名刹。そして、時代劇にもつかえそうな貴重な空間である。昌禅寺の住職、奥様には快く撮影許可を出していただき深く感謝します。

2006.11.22
 


今朝の戸隠・鏡池は青空の戸隠連山が映り、すばらしい風景がボクらに与えられた。まるでピクニックのようなロケ風景である。ロケ現場ではたくさんの人が働いている。そして、なんといっても年齢の幅が広いのが印象的だ、赤ちゃんから60代の方々までがいっしょに働いている。映画を作っている。写真は撮影助手の三栗屋さんと沢野さん、車両部の倉増さん(コンガス社長 http://www.congas.co.jp/ ・スタッフから「社長」とよばれ頼りにされている、きょうはハチマキ姿でマイクロ運転手として出演)、撮影機材車の大久保さん(長いヒゲが自慢、酒が強く女性にやさしいそうだ)、最年少エキストラ・福太郎ちゃん(朝早くから一日中機嫌よく、母親といっしょに映画作りを楽しんでいるようだ)、美術スタッフの白田さん(つつんでいるのは劇中で使われる三角形をした大きなおにぎり)、撮影監督・加藤雄大さん(キャメラを自動車内に設置して移動しながらの撮影、楽しそう)

2006.11.23
 
クランクインをした一ヶ月前と比べて格段に寒さが増し、陽が沈むのも早くなった。ロケは太陽さんと追いかけっこ。ゆっくり、昼弁当とはいかない。この日の午後は戸隠のソバ畑でのロケ。真っ白なソバの花で一面だったこのあたりが、ふたたび一面の雪で真っ白になるのも、もうすぐだ。美術部倉庫でボランティアの植田さん、東澤さん、金森さん、久保田さんが作っているのは、カズオとカズミが花満開のソバ畑を歩くシーンにつかう背景である。美術部は楽しい。

2006.11.24
 
 
松代の東、穏やかにのびる山裾に信濃三十三番札所・十一番札所清滝観音堂がある。今回の「転校生」ではこの場所が重要なポイントである。二回目のロケである。清滝観音のそもそものはじまりはいまからおよそ1200年前の天平の時代といわれ、このあたり一帯が神聖な霊場として栄えたといわれている。観音堂は本来、この「清滝」の断崖の上にあったという。普段はめったに訪れる人もいない静かな場所である。

2006.11.25
 


秋晴れの清々しい朝の風景。善光寺北中学校(長野西高校)5階からの撮影。弓道部が練習している脇の狭い階段を走るカズミとカズオ。5階のひとつの教室を3年D組に改造。掃除をばっちりすませる。そして一美がすわる椅子位置も決まる。美術部が市立犀陵中学校から借用してきたポスター等の掲示物がそれなりの雰囲気を演出している。長野でのロケもあとわずか2日となった。いよいよ大規模なオープンセットでの撮影が始まる。

2006.1126
 


松代町の山寺常山邸での夜間撮影。照明技師・西表灯光さんとスタッフによって明かりが作られる。一美の級友・山本弘の部屋は美術監督・竹内公一さんによって見事に作られた。机のわきの書棚には「キルケゴール全集」をはじめとして100冊をこえる哲学書(古書協力:山崎書店・長野市緑町)がおさめられている。ちなみに書棚最上部にならんでいる「キルケゴール全集」全22巻は65000円である。

2006.11.27
 
ロケ地を上田市のプールにうつして、ブルーバック撮影と水中シーンの撮影。夜8時から始まった撮影が終了したのは翌朝の4時であった。大林組の全員が全身全霊で仕事に立ち向かっている。

2006.11.28
 
クランクアップの日、、、いま、50光年の新しい星が生まれつつある。将来、子どもたちが天空を仰いだとき、ひときわ明るく、力強く輝く星があるとすれば、それはきっと、「転校生」という名前を持つ星に違いない。それはどんな時代だろうか。50光年の記憶が、時を縦糸に、人を横糸にして、「希望」を織り続けるだろう。人・家族のいとなみは生きている間のことだけではないのだから。